泣いて笑ってよ一等星

僕の歌を笑わないで (twitter @tktknhs )

松原.について

 

タイトル通りです。

松原.について。

 

※ これからここに綴られる考察は色々拗らせたオタクの色々拗らせた文章です。これが全てではありません。ご容赦ください。

 

さあ!注意書きもしたぞ!ここからは好きな事を呟きます!ので!よろしくお願いします!

 

松原.については知っている人がほとんどだと思うし、知っている人向けに書いている節もあるのでもし松原.ってなんやねん。って方がいたら「関ジャニ 松原.」で検索していただければ出てくると思います。簡単に言うと渋谷すばるさんと村上信五さんのコンビ名です。

 

仮説ではありますが、私はこの2人の間はこの様な気持ちが根底に流れていると思っています。

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お互いがお互いを羨ましく思い、君の様になりたいと願いあう関係です。

また、この2人のお互いに対する感情として、すばるさんの「ヒナが居なければダメだった」発言、村上さんはグループにすばるさんの歌が必要不可欠であると思っている(≒グループに必要)によって、お互いをとても必要としていることが共通点となっています。

 

共通点を話した所で次に相違点なのですが、三馬鹿で残りの2人がピンチだった時自分はどうするか、という質問を受け、すばるさんは「自分も死ぬ(≒一緒に死にたい)」村上さんは「2人とも助ける(≒共に生きたい)」と答えています。生と死に関する大きな相違です。

 

この2人は足りないものを補い合う関係であると私は思っているのですが、ここで松原.の2人の間で認識の違いが生まれています。恐らくすばるさんは"与え合っている"、村上さんは"与えられている"と考えている。

 

だからすばるさんは村上さんを"地元のツレ"という普遍的なもので見ているし、村上さんは"与えられている"自覚があるのですばるさんを神様だと思っている。しかも村上さんには「自分には何もなかった(ない)」という思いがあるので余計に"与えられている"感が強まってしまったのではないかと。

 

だから村上さんは「ヒナが居なければダメだった」 というすばるさんの言葉にあんなに驚き、喜んだのではないでしょうか。何もしていないという間違った自覚と自信があったから。そして「助けたい」という気持ちが根底にあったから。共に生きたいと思ったから。

 

そしてすばるさんは"補い合う"気持ちがあるので、村上さんが信仰する神様の穴をぽっかりと開けないために自分を村上さんの神様とすることで"ヒナ"を最後まで守ろうとしたのではないか。そう思うのです。そして神でないこと、自分がただの人間であることがバレてしまっても関係は揺らがないという自信があり、もしも関係が揺らぎ、"ヒナ"が死んでしまうとしても共に死ぬ覚悟がある。

(ここが横山さんとの違い。横山さんは「そもそもピンチにならない様に対策を練る(≒そもそも生死に関わる様な事はない)」と答えているので"ヒナ"が死ぬかもしれない様な危ない橋は渡りたくない。だから村上さんに対して「俺はただの人間やから目ェ覚ませ」感があるし、自ら神になろうとはしなかった。人間である事をバラした上でそれでも信仰したいならどうぞ、と思っている。それでも信仰されると変な顔をするけど。)

 

松原.はお互いを尊重し、理解しているのにお互いの見方が拗れてしまっている理由は根底にある「ほか2人と生死」の考えから来ているのではないか?と思います。

 

全部妄言だけどね。

長々と失礼いたしました。

 

2017.08.20