泣いて笑ってよ一等星

僕の歌を笑わないで (twitter @tktknhs )

三馬鹿について考察する〜横すばと村上さんの場合〜

 

どうもです。また例によって考察ブログだよ。もう耳タコだと思うんですけど叩かないでください…(小心者)

 

さて、本日はタイトル通り「横すばと村上さん」についてお話したいと思います。自分がTwitterに落としたポエムをまとめていきます。

 

横山さんとすばるさんは別の視点からヒナちゃんを見ているけど、根底にある共通認識としてのヒナちゃんは同じだからぶつかり合わないのではと思います

 

まず"根底にある共通認識としてのヒナちゃん"についてのお話をしていきたいと思います。ツイートを引用し、それについてお話するスタイルでいきます。

 

いつもどこかで自信のない「ヒナ」のこと、肯定して、もっと自分を愛せって叱って、そうやって今の村上信五を作り上げたのは他の誰でもない横すばだったのかな、なんて思って、三馬鹿はこれだから愛おしい

 

福岡オーラスのMCを聞いた後のツイートですね…気持ちが悪いな…(ガン引き)まあ気持ち悪いのは当たり前のこととして、横すばはヒナちゃんを肯定し、また、メンバー内で"唯一"叱れる存在です。肯定は誰にでも出来ますが、叱る事は同期や少しの間年上である横すばにしかできない事です。

 

横すばは「村上信五」を武器にするけど、「ヒナ」は大事に大事にする。だから不意に「ヒナ」が出てくると焦るし、怒る。宝物なんだよ、横すばにとって、ヒナちゃんは、むっちゃんは、やえちゃんは、宝物

 

村上信五」としてのやり方を確立していく過程で、ヒナも無くなってしまうって思って大事に大事にする横すばが本当にすき。宝物って言葉がぴったり。

 

つまり宝物ってことが言いたいんですね…。失いたくないもの 大切にしなければいけないもの そういう感じがします。

 

ヒナちゃんにとって横すばが絶対的な存在であるように、横すばにとってヒナちゃんが絶対的存在だから三馬鹿はバランスを取ってる感じする

 

普段どかっと構えてる横すばが声を張り上げたり、ふざけたり、そんな行動の元は全て村上さんだと思ってます。例えばすばるさんなら「ヒナを笑わせたい」だし、横山さんなら「他の人にヒナを見せたくない」的な感じで。村上さんは昔から横すばをすごい人たちだと思っているので、村上さんにとっての横すばが絶対的存在なのは言わずもがな、ですが。

 

続いて、横山さんとすばるさんの"別視点"の話をしたいと思います。

 

横山さん

 

メンバー愛とかグループ愛って、基本的に「奉仕」だと思うんだけど、横山さんのそれは「親心」とか「庇護」に似ている気がする、尽くさないし捧げないし仕えないけど、どっしり構えて きちんと守るっていうか、なんというか

 

まずもって、横山さんのグループ愛メンバー愛についてのお話から始めたいのですが、上記の引用にあるように、横山さんの愛情の形は「奉仕」ではなく「庇護」であると考えています。横山さんは尽くしたら捧げたり仕えているという感じではないんですよね。なんとなくですが、関ジャニに所有されているわけではなく、関ジャニを所有している側であると考えている感じがします。(表現が正しいかは一度置いておいて)

 

ここで、横山さんの村上さんに対する気持ちとか、そういうのを考えてみると意外とシンプルで「村上は関ジャニのもの」って気持ちだけなんじゃないかと思います。

  1. 村上は関ジャニのもの
  2. 関ジャニは俺のもの
  3. 村上は俺のもの

という流れで、横山さんの思考は完成しているのではないかなあ、なんて思ったりしています。

 

そして、横山さんは"護りたい"んです。ずーっと、護りたい。グループ愛メンバー愛のタイプががっつり「奉仕」の村上さんは「ヨコがそうしたいなら」と、横山さんの愛情の形を受け入れる事が出来るのですが、がっつり奉仕タイプの村上さんがグループの為に遠く離れたところに行くのを、何と無く是とできないのではないかと思います。

 

それは自分の手の届かない所に行かれると、自らの愛情の形である「護ること」が出来ないからです。横山さんは、三馬鹿のほか2人がピンチになったときどうするか聞かれ、「そんなことになる前に対策を取る」と言いました。これは救うわけでも共に身を投じるわけでもなく、ただただ、護りたい、ということではないでしょうか。

 

横山さんは村上さんが擦り寄れば離れるくせに離れたら捕まえようとするから…勝手に1人で死のうとするな、勝手に1人で生きようとするな、勝手に1人で戦おうとするな、勝手に1人でどっか行くな、ってずーっと思ってそう。

これは多分横山さんの根底にあるヒナちゃん像がずーっと変わってないからなんだろうなあ。すばると連れ出さなきゃ外に行かないヒナちゃんのまんま。「勝手に1人で○○するな」というか、「お前は1人じゃ○○なんて出来ひんはずやろ」という感じ…?

 

つまり上みたいなことです。(自分のツイートに全てを投げるスタイル)

村上さんから擦り寄られると離れるのは、護るには全てを把握する必要があるから。すばるさんと共に、おっとりしていて外に出るのしんどいからいや!とか言っちゃうヒナちゃんを外に連れ出して一緒に遊んで、育てた、みたいな自負があるから、そして横山さんは「ヨコヒナ」として1番長く傍にいた自信があるから、1番村上さんに対しての独占欲のようなものが強いのではないかと思うのです。

 

すばるさん

お互いがお互いになりたくて、お互いがお互いの存在をグループの中で必要としていて、凹と凸は本当は松原.なんじゃないかと思う

 

いやもうここに至ってはちょっとあの、上の引用みたいなことを前の前の前くらいのブログで書いてるのでそっち見てくれた方が分かりやすいと思います!(丸投げ)

松原.について - 泣いて笑ってよ一等星

 

あと、すばるさんはずっとずっと"ヒナ"に会いたいのかなって。横山さんと比べると結構日常的に"ヒナ"って呼ぶんですよね。私個人の意見ですけど、"ヒナ"はおまじないなんじゃないかと。こうしたら"ヒナ"に会えるんじゃないかって。でもいざ出てくると何と無く照れくさいのか怒りますよね。大事な存在だからそんなぽんぽん出て欲しくないってのもあるだろうけど。

 

まとめ

 

めっっちゃ長くなった上に支離滅裂だからまとめもクソもない気がしますが、横すばは村上さんの見方が違うんです。でもそこでぶつかり合い すれ違いが生じないのは最初にも言った通り根底にあるものは同じなのでいわゆる解釈違いを起こさないのでは?なんて思います。

 

最後に、今朝方答えたAskの答えを載っけて終わりにしたいと思います。ヒナちゃんの天然を嫌がるのはなぜだと思いますか?(意訳)という質問に対しての答えです。

個人的な感想ですが「村上」と「ヒナ」は横すばの中で違うと思っています。
「ヒナ」が成長し、「村上」になった、と思っていて、その成長のきっかけや責任の一端が自分たちにあると自覚していると思います。
それを寂しく思いつつ、でもやっぱり「ヒナ」に会いたい だから「ヒナちゃん」が出てきた時に少し照れ隠しのつもりでもう!😠ってなるのがすばるさん。
横山さんは多分本気で嫌がってます。なぜなら「村上」は芸能界で生まれた仕事の姿ですが(それでも取られそうになると必死に取り戻そうとする)、「ヒナ」は10代の頃に手にしてから「ヨコヒナ」として誰より長く時間を共にしたという自負があるからです。それはすばるさんよりも長いと感じていると思います。
横山さんは「自分の知らないところで何かされること」「自分の手・目の届かないところに行くこと」そして「自分しか知らないはずの姿を他の人に見せられること」を嫌がり、この後の「それを自分以外の誰かにいじられること」まで嫌がります。
長くなってしまいましたが、横すばは2人ともヒナちゃんがとっても大事です。でもヒナちゃんを大切にする方法は横すばでお互い違うのかなあと思ったりしています

 

最後まで長文・乱文ご覧頂きありがとうございました。また書き直しがあるかもしれませんがひとまず。

 

2017.09.14